『田園の詩』NO.65  「手考足思」 (1997.3.18)


 手元に最近発刊されたばかりの『鏝絵(こてえ)−消えゆく左官職人の技』(小学館)
という本があります。

 これは、私の友人の別府市在住の写真家・藤田洋三さんが、20数年にわたり日本中
を歩き回りシャッターを押し続けただけでなく、その歴史や時代背景までも調べ上げて
まとめた写真集なのです。

 鏝絵とは、漆喰(しっくい)の白壁に鏝で浮き彫りをし、さらにその上に色漆喰を重ね、
あるいは彩色をして描いた絵です。絵柄は、家門の繁栄を願って、恵比寿・大黒など
の福神や、宝船などの縁起もの、さらには龍や虎など多種多様なものが描かれます。

 いずれも、建築主の願いを受け止めた左官職人の技によるもので、見ていると彼らの
心意気まで伝わってくるようです。

 この鏝絵、全国に分布しており、九州各県にも散在していますが、実は大分県はその
宝庫なのです。それも、別府市に隣接する安心院(あじむ)町、院内町、日出(ひじ)町、
そして我が山香町に集中しているのです。

 別府(地方=非大都市)に住んで活動することにこだわりを持っている藤田さんが、
出会うべくして出会ったものが鏝絵だったといえるかもしれません。

 しかし、誰も見向きもしなかった(風景の一部としては目に止まっていたと思いますが)
鏝絵に心ひかれ、左官職人の技に感動し、その魅力を説き続ける長い間の藤田さんの
熱意がなかったら、私達は知らぬ間に鏝絵という素晴らしい職人芸術を失うことになって
いたかもしれないのです。


     
     右ー小学館発行、左ー石風社発行の本です。藤田さんは、その後も、
    『藁塚放浪記』『世間遺産放浪記』(いずれも石風社)などの労作を発刊して
   います。なお、鏝絵については、このエッセイの≪NO.25≫の写真(←クリック)
   をご覧ください。


 藤田さんが本を直接届けに来た時、表紙を開いてそこに押されている印影を示し
ながら「ハンコ屋の親父が彫ってくれた」とニコニコしながら見せてくれました。それは
一寸角の≪手考足思≫と陽刻された印でした。

 手で考え足で思う――まさにこれが職人の仕事なのです。「私は芸術家でなく職人だ」
といつもいっているので、職人一筋に生きてきた父親に≪職人≫として認められたこと
が一番うれしかったようです。               (住職・筆工)

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